自分という存在がかかわる意味
最近読んだ本の中にとても興味深い文があったので、備忘録もかねて紹介します。
自分という存在がかかわる意味について
まず要約から。
筆者は教育誌の編集者であり、その時の体験を元に、読み手を動かすメッセージについて考察しています。
以下は、筆者があなたの好きな人に、プレゼントをあげる、という場面を例に出したものです。
1.自分があげたいものをあげる。
2.相手に「何が欲しい?」と聞くか、事前に趣味をよく調べ、相手が欲しがっているものをあげる。
3.相手のこれまでの趣味にない、新しい引き出しを開けるようなものをあげる。
引用元:伝わる・揺さぶる!文章を書く(PHP新書)
①の考えだと、自分は満足できるかもしれないが、相手が気に入らない可能性があります。
②は、相手の欲しいものに合わせているのだから喜ばれやすいです。
しかし、自分という存在が関わる意味、という点で考えた時行き詰まります。
なぜなら、放っておいても自分でそれを買う可能性があるからです。
③は、自分という存在が関わる事で相手に何か変化をもたらすこと。
それはもちろん、相手に歓迎されず違和感やざらつきを与えるかもしれません。しかし、違和感や反発という形でも相手を動かしたことになります。
自分にしか相手に与えられないもので、相手を動かしたとき、その時初めて相手とあなたの出会いに意味が生まれます。
僕の意見
「自分が相手と出会った意味」
これについて今まであまり考えた事がなかったので中々衝撃を受けました。
また、誰かにプレゼントをあげるときも②の考えをしていました。
プレゼントのゴールは相手を喜ばす事だと考えています。
②で選ぶとよほどの事がない限り、相手に喜ばれます。
なので②の考えが正しいと思っていたし、経験上からも間違いがなかったです。
「自分が放っておいても相手が勝手に買っていた可能性」
この一文を見た時、「たしかに!」と思ってしまいました。
また僕は、③の方が②より相手の喜びの度合いが強いのではないか?
と感じました。
これは僕の経験からそう感じました。
僕は学生の時にアルティメットというスポーツに出会いました。
元々は別のスポーツをしていたので、大学に入ってからも同じスポーツをやろうと考えていました。
しかし、たまたま友達に誘われて行った新歓でアルティメットの魅力に気づき、4年間をアルティメットに捧げることになりました。
自分の新しい引き出しが開いたのです。
僕は新歓に誘ってくれた友達に深く感謝しています。
なぜなら、こんなにも楽しいスポーツに出会えたからです。
そのまま同じスポーツをしていたら今の自分はいないし、こんなに楽しい時間を過ごせていたか分かりません。
「アルティメット」という新しい引き出しを開いた事で、僕の人生は確実に豊かになりました。
その友達はもう、アルティメットはやめてしまったのですが…。
相手の新しい引き出しを開けることで、より相手の人生をより豊かにする事ができる。
自分の好きなもの、欲しいものをもらうのは確かに嬉しいです。
ただ、どちらが相手の人生をより豊かに出来るかと考えた場合、相手の新しい引き出しを開けるようなプレゼントの方です。
また、喜びの度合いも、結果的には③の方が大きいです。
その場では②の方が喜ぶかもしれませんが、③は僕のように後々大きな喜びに変わっていきます。
②は簡単に喜ばせられるが瞬間的。
③は喜ばせることは難しいがより深く、印象的な喜びになる。
本の筆者が言うように失敗する事もあるかもしれない。
けれど、本当に相手を喜ばしたいのであれば③の考えでプレゼントを選んでみるのもいいかもしれません。
今回記事の元ネタとさせて頂いた本はこちら
相手を動かす文章とは何か、について書かれています。
文章を書くのが苦手だと感じている方は是非読んでみてください。